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槇原敬之さん1999年の覚せい剤逮捕事件まとめ|奥村秀一との関係は?

今年30周年を迎えた、シンガーソングライターの槇原敬之さん。SMAPに世界に1つだけの花を提供したことでも有名です。

そして2020年2月13日、槇原敬之さんが覚せい剤取締法違反容疑で警視庁に逮捕されたというニュースが飛び込んできました。

槙原さんはおよそ20年前の1999年にも逮捕歴があり、今回で2度目。今回の事件のきっかけも、99年時に同棲していた奥村秀一さんと関係があったようです。

槇原さんの過去の事件がどのようなものだったかまとめてみました。

2020年2月/2度目の逮捕

槇原敬之さんは2020年2月13日、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました。99年以降、2度目の逮捕となります。

警視庁によると歌手の槇原敬之容疑者(50)は港区のマンションで覚せい剤およそ0.083gを所持していた覚せい剤取締法違反などの疑いがもたれている。

警視庁はきょう午後4時半過ぎ渋谷区の自宅で槇原容疑者を逮捕したということだ。2018年には槇原容疑者の個人事務所の元社長の男性が東京・港区のマンションで薬物を使用したとして逮捕・起訴されており、その後、警視庁は槇原容疑者の動向に不審な点がないか調べていた。

引用:AbemaTV

今回の逮捕には、2018年に逮捕された槇原敬之さんの個人事務所・元社長の男性が関係しているようです。

この男性は1999年の逮捕の際も、槇原さんと同居をしていた男性として一緒に逮捕されています。

2つ下の見出しで詳しく説明していますので、ご参照ください。

槇原敬之さん1999年の逮捕とは?

1999年の逮捕とは?

今からおよそ20年前、1999年8月26日、槇原敬之さんは自宅から覚醒剤が発見され、覚せい剤取締法違反(所持)の現行犯で逮捕されています。

当時、同署が同容疑者の覚醒剤使用の情報をもとに、自宅マンションを家宅捜索し、覚醒剤約1グラムを発見。「1年ほど前から覚醒剤を使用していた」。

入手経路については「新宿で知人の外国人から4万円で買った」などと供述していた。

引用:日刊スポーツ

「多くの方達に取り返しのつかないご迷惑をかけてしまい、お詫びする気持ちをどう表現して良いかわかりません。潔く罪を認め、いかなる処分も受けなければならないと思っております」とコメントし、謝罪していました。

同年12月、東京地裁から懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)の有罪判決を受けました。

同日に本人は「寛大な判決が下りました今も、法を犯すことの重大さを痛感いたしております。今後は、絶対にこの様な事を起こさないことを、堅くお約束いたします」と自筆のFAXをマスコミ各社に送付していました。

【画像】99年の直筆謝罪文

それでも槇原敬之さんの逮捕の衝撃は大きく、レコード会社は「社会的活動を行っている当社が、反社会的不法行為を犯した槇原の商品を出荷するわけにはいかない」とCDの出荷停止と店頭からの回収を決めました。

CDが店頭からなくなるのを聞いたファンが、買い占めに走り、槇原さんのCD売上が一時急上昇したのは有名な話です。

槇原敬之さんのパートナー/奥村修一

1999年の槇原敬之さんの逮捕時に注目されたのは、一緒に逮捕された槇原さんのパートナー。名前は奥村秀一さん。

現行犯で10年来の友人の奥村秀一と共に逮捕された

引用:ウィキペディア

奥村さんは当時、槇原さんの所属事務所代表で、槇原さんと同棲生活を送っていたようです。

奥村さんは2018年3月16日、覚せい剤取締法違反で再び逮捕され、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されています。

今回の事件と奥村さんとの関係

2018年には槇原容疑者の個人事務所の元社長の男性が東京・港区のマンションで薬物を使用したとして逮捕・起訴されており、その後、警視庁は槇原容疑者の動向に不審な点がないか調べていた。

捜査関係者によるとおととし3月、槇原容疑者の個人事務所の元社長の男性が東京・港区のマンションで覚せい剤を使用した疑いで逮捕されたが、その際の捜索で、この男性が捜査員から覚せい剤は誰のものかと問われた際に「それはマッキーの」と答えたということだ。その場に槇原容疑者はいなかったほか、槇原容疑者に対する尿検査なども行われなかった。

警視庁は、押収した覚せい剤が誰のものかを調べるためきょうまで慎重に捜査を重ねてきた。その結果、関係者への聞き取りなどから、覚せい剤が槇原容疑者のものだった疑いが強まったとして、きょう逮捕に至ったということだ。

引用:AbemaTIMES/ヤフーニュース

この報道が事実であれば、槇原敬之さんはこのときから覚せい剤を使用していたとのことですね。二人の関係も約20年つづいていたということになります。



前回は復帰までに約1年

前回は復帰までに約1年

槇原敬之さんは覚せい剤事件は判決を受けた直後、坂本龍一のクリスマスコンサートにサプライズ出演しています。

本格復帰は判決から約1年後の2000年11月でした。以前所属していたワーナーミュージック・ジャパンに復帰移籍。アルバム『太陽』を11月にリリースし活動を再開しました。

2003年にはSMAPに提供した「世界に1つだけの花」が売上200万枚以上を記録。この曲が槇原敬之さんの作詞作曲であることは有名です。

前回が本格復帰までに約1年かかりました。これを長いと見るか短いと見るか、人によって変わってきそうです。

今日の逮捕を受けて、今回の謹慎期間はどれくらいになるのか、復帰はどのような形になるか、見守っていきたいと思います。

逮捕前の楽曲は?

1999年逮捕前の楽曲は?

槇原敬之さんのアーティストとしての才能と覚せい剤は関係がないとは思いますが、それでもやはり気になるので、1999年逮捕前の楽曲を調べました。

1998年と1999年のディスコグラフィは以下のとおりでした(ウィキペディアより)。( )内はオリコン最高順位。

  • 1998年1月21日 足音(24位)
  • 1998年7月23日 HAPPY DANCE(16位)
  • 1998年11月26日 STRIPE!(14位)
  • 1999年6月2日 Hungry Spider(5位)
  • 1999年7月2日 Cicada(アルバム通常版 10位)

91年〜96年までと比較すると、オリコン順位はそこまで高くはないと思いました。もしかすると、この時期は楽曲制作のプレッシャーやストレスが強かったのかもしれません。

世界に一つだけの花

槇原敬之さん自身が話すところによると、2003年にSMAPに提供した名曲「世界に一つだけの花」は、1999年逮捕時の留置所生活が大きく関わっているそうです。

「『槙原さんが来るなんてびっくりした。苦労がない人だと思ってたから』と言われた。彼らからみると、順風満帆にみえる人の歌を聴いても『どうせ、おれたちの痛みなんて分からない』みたいなものがあるのかな」

この経験などを通して、「何が間違っていたか」を毎日考え続けたという槇原は、自分の歌を本当に聴いてほしい人に届いてないということに気がついたのだ。

この気づきにより、再び曲作りの火が灯ったという槇原は、次のようにも語っている。
「歌が、人の心の中で、本当の意味で必要なものでありたいと思ってから、急にすべてが変わりました。だからこそ、SMAPの歌が書けたと思う」

引用:エキサイトニュース

前回の逮捕で得た気付きから、曲作りの情熱を取り戻した槙原さん。

今回の逮捕は、槇原敬之さんの今後の音楽家としての人生にどんな影響をもたらすのでしょうか。



今回の事件を受けて

槇原さんは素晴らしい楽曲を数多く世にだしており、これからも名曲を必ず生み出してくれるはずでした。

わたしも大好きな歌手でしたので、非常に残念です。

初期の名曲「どんなときも」「もう恋なんてしない」はもちろん、失恋ソングの代表曲「SPY」なんかもよく聴いていました。

執行猶予期間中に罪をつぐない、1999年の逮捕から見事に復帰をはたし、2003年には名曲「世界に1つだけの花」を生み出したのに、今回の逮捕は本当に残念でなりません。

覚せい剤の力はかんたんに断ち切れない恐ろしいものだということを感じます。

いまは槇原さんの楽曲のファンとして、今後の事件の推移を見守りたいと思います。